わたしの英語の学習のモチベーションは、ズバリ海外へのひとり旅です。

カタコトでも、なんとかその場を乗り切らなければいけない事態に、自分が追い込まれる海外ひとり旅は、もっとまともにコミュニケーションがとれたらと、痛感する日々でもあります。

 

英会話がまともでないことによる、たくさんの不便を味わう

ひとりで海外にいると、母国語では些細なことでも英語で言わなければいけない面倒さに遭遇します。

何も考えなくても、自分の言いたいことが滑らかにでてくる母国語とは違って、カタコトの自分は、「う、なんて言えばいいんだっけ」といちいち考えるのです。

これが非常に面倒くさい、もどかしくてストレスフルです。

しかも、知性、教養、ウィットに富んだ会話からは程遠く、まるで幼児に戻ったようなトツトツとした会話に、情けなさを感じたりするのです。

あ〜、ほんとバカみたいだなぁと。

 

英語の勉強をするとともに、アウトプットの機会を増やさないと力がつかない

仕事で、頻繁に海外にいく人は別として、日本に住んでいるとこのアウトプットの機会がほとんどないことに泣かされます。

海外旅行もそうしょっちゅうは行けない。

 

ということで、わたしの場合は、外国人の友人とチャット(Facebookなどで知り合う)や、自分のSNSの記事に英文を併記する(下手な英語でも、へこたれない)など細々とやっていますが、これはやらないよりはマシという程度のことです。

幸い今はネットがあるので、Cafetalk などを使ってアウトプットの機会を得ていますが、足りないなぁというのが本音です。

 

ネイティブと話すことは大切

わたしは、小心者の上、上がりやすく、外国人と話そうとすると勉強の成果が吹っ飛びます。

でも、これが実戦での自分の力なんだなぁと悟るのです、時に果てしない語学習得の道を感じてため息が出ますが。

たまに、ごくたま〜に会話が滑らかに成立したりすると、嬉しいです。

 

カッコ悪い自分を受け入れる

わたしの周りは海外で仕事をしている友人知人が多く、あたかも母国語のように流暢に話すのを聞いていると、自分のサバイバルイングリッシュが、心底、恥ずかしくなるのですが…。

「カタコトでも、話すことが大切だよマリ」と言われる。

分かっちゃいるんだけど。

ということで、時に自分を奮い立たせ、時に自分をなだめてすかして勉強する日々です。

 

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