ブログは、どなたかのお役に立つ内容を書くのが本道なのですが、わたしの母が認知症になり、昔の細かい思出を、二人でおしゃべりできなくなってきました。

わたし自身も、忘れかけていることがあって、思い出す度にブログで綴ってみることしました。

母との思い出を記録しておきたいからです。

満州という壮麗な都市で、実業家の家に育った母は、終戦で命からがら引き上げてきて、先祖代々の土地がある東北の県庁所在地に住み、父と結婚しました。

母は、幼い頃から15才という多感な年齢まで日本で育っていないせいか、感覚や趣味がヨーロッパナイズされていて、このことは地方都市で一介のサラリーマン家庭で育ったわたしを、ある意味、苦労させました。

そして、同じ県内の海辺の港町に転勤して、わたしの小学校生活がスタートします。

高度経済成長の後半のころです。

工業製品、大量生産の真っ只中で、庶民の周りの物は、今の感覚で言えば粗悪品でした。

母はそんなものに苛立ち、特に子供が口に入れるものには、当時の感覚では信じられないくらい神経質に気を使いました。

 

やっと訛りに慣れて、友達と馴染んできたのに

父も大学が東京、母も外地育ちなので、二人ともいわゆる訛りがありませんでした。

おまけに、優雅な言葉づかいの母は、借り上げ社宅となった公団アパートようなところでは異彩を放っていたと思います。

そんな親のおかげで、引っ越しして一番困ったのがお友達が何を言っているのか、さっぱりわからないという時があることでした。

小学校に入る直前のことです。

訛りがある言葉に、初めて出会いました。

もう、言葉でつまづいているのに、さらに追い討ちをかけることがでてきます。

当時、親から10円とか20円をもらって、お友達と近所の駄菓子屋さんでアイスクリームを買うのが、流行り?でした。

ところが、これを母が許さないのです。

まず、躾の観点から、そして、「あれはアイスクリームなんかではないわ、本当にひどい製品」などと言うのです。

以下、本人の独白。

美味しくないと言われても、それしかないし…。

なんで自分だけ、お金がない家って本当に不幸…(実際、余裕はなかったと思う)。

やっと言葉の壁を克服して、お友達と遊び始めたのに…。

不満そうなわたしに、母は、まだ手のかかる二人の弟や妹もいたのですが、

「アイスクリームなら、本物をお母様が作ってあげます」

と言ったのでした。

アイスクリームは、何やら、大きな設備の工場で作るイメージだったわたしは、本当に家庭であんな高度な?ものができるのだろうかが当時の気持ちでした。

空気の入っていないアイスクリームは、シャーベット

原材料、新鮮な卵、牛乳、お砂糖、これで母は、本物のアイスクリームなるものを作り始めました。

(この卵も、生卵を使うから新鮮でなければと言うことで、はるばる養鶏場に行って買ってくる親、つき合わされて鶏糞の臭いにウンザリの私です。)

今にし思えば、育ったころの味が懐かしく、恋しかったのかもしれませんが。

で、出来上がってのは、単なる卵とミルクの味のシャーベットでした…。

当時の地方都市では、まだ生クリームが手に入りにくかったし、おまけに、時々かき混ぜる程度では、空気が入ったあの柔らかな食感にはなりませんで…。

だいだい、使用人に囲まれて育った母が、見よう見まねで味の記憶を頼りに作ったものです。

感想は…、「駄菓子屋さんで、売っているアイスクリームの方が美味しい」でした。

この本音は、真面目なわたしは、親には言えなかったですが。

 

お菓子の受難は続きます

その後、流行りのお菓子がでるたびに、母が食べることを許さず手作りするので、わたしの受難は続きます。

ポッキーとか、プリンとか。

それは、また後ほど忘備録として書いていこうと思います。

のちに東京の広尾にあった、あるブティックのマダムと出会い、やはり満州で育った彼女の言うことと、母の言うことが同じであることを知ります。

自分と同じ文化を過ごした親を持つことから、わたしは随分と可愛がっていただきました。

最近、昔を思い出すと、懐かしさよりも胸が苦しくなります。

そのマダムに関する記事は、こちらから。

 

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